2008年02月18日
萩市の世界遺産候補 恵美須ヶ鼻造船所跡と萩反射炉
【08年02月19日 萩反射炉の部分に手を加えました】
↑恵美須ヶ鼻造船所跡の位置です。
すぐ近くには萩反射炉があります。
1.萩に世界遺産が2つできるの?
萩市には現在2つの世界遺産運動があります。
萩城や城下町を中心としたものと、「九州・山口の近代化産業遺産群」のものです。
後者のものは、非西洋で最初でかつ短期間で近代化を果たした点で世界史的にも貴重とされる日本の明治維新の産業遺産をテーマにしたものです。
これは明治維新で重要な役割を果たした九州山口の各地の遺産を登録するものです。
萩市では、松下村塾、萩反射炉、恵美須ヶ鼻造船所跡が候補に挙がっています。
松下村塾は以前に行ったので、今回はあとの2つに行ってみました。
2.跡は跡でしかないのだ!恵美須ヶ鼻造船所跡
恵美須ヶ鼻造船所跡です。
嘉永6(1853)年にペリーが来航してから、
安西3(1856)年には恵美須ヶ鼻造船所が設置されました。
ここでは外国に対抗するべく西洋式の船がつくられました。
もちろん跡なので、看板以外に何にもないわけですが。
今でも残っているのが、写真の防波堤です。
堤防はもちろんテトラポットとかじゃなくて、
石垣のように石組みでできています。
上にある灯台みたいなのは、後世のですよね?
3.も、もろいぞ!萩反射炉
安西5(1858)年に造られたらしい萩反射炉です。
近世の反射炉が現存するのはここと、静岡県だけらしいです。
技術的には決して評価できるものではないらしいのですが、
黎明期に取り組んだ記念碑的な意味で貴重だそうです。
うーん、素人には見た目はさっぱり分かりませんね。
下から覗くのもコワいくらいちょっと脆そうです。
よく150年も残っていたものです。
看板の解説によると、
全長11.5mで、先端の2.5mが煉瓦、それより下は玄武岩と赤土でできているらしいです。
さらに全体に漆喰が塗られていたそうな。
当時、煉瓦はまだ少なかったんですかねぇ?
炉の基底部です。
どうやらカーブの面は煉瓦を使用しているのかな?
補修も入って、支える鉄骨?みたいなのもあるのですが。
やっぱりなんだから脆そうに見えます(^^;)
この他に、松下村塾の近くで以前にも書いた郡司鋳造所も1853(嘉永6)年設置という事で関連するものですね。
産業の技術的な面で言えば薩摩の方がスゴそうですけど、
長州の方は時期的に早くに着手したものが今も残っている点で貴重なのかな。
「九州・山口の近代化産業遺産群」の中で山口県では、
この前シンポジウムがあった下関市の前田砲台が世界遺産候補に挙げられています。
以下は関連するリンクです。
・『落馬再騎乗』の「桜の木の下で」
桜の時期に萩反射炉を訪れた方のブログ記事です。
「鉱物採集・鉱山探訪」というカテゴリがあります。
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小学の時スケッチに行ってました~
世界遺産なって欲しいな~!
あれ「レンガ」なのかな?
隙間には溶かしたガラスで固定してるとか・・・
at 2008年02月19日 12:04なるほど、小学生の遠足コース?になってるんですね。
煉瓦の件はちゃんと解説版を読んでみると、上部だけが煉瓦なようです。
コメントしていただいたおかげで、少し書き加える事ができました。
ありがとうございます。
世界遺産はまだまだ検討段階なので、今後も追加や修正されていくでしょう。
萩に他に世界遺産候補はないか探してみるといいかもしれませんね。
at 2008年02月19日 19:23どうにか美しい萩城を造って欲しいです(笑)
at 2008年02月20日 10:42萩城については、確かに城下町の観光としてはないのは寂しいかも。
しかし、明治維新のときに萩城が壊されたのは全国に先駆けたものらしいです。前代的なものを壊す事を長州が推進したのなら、萩城が跡になっている事が実は萩らしいあり方なのかもしれませんね。
at 2008年02月20日 19:10へ~、長州が・・・なるほど納得いきます。
at 2008年02月21日 10:21



