2007年12月28日
下関市立考古博物館周辺の史跡の道を歩こう!
↑一応の今回のルートマップです。
梶栗浜遺跡
↓(表示されてない別の細かい道があります)
綾羅木郷遺跡・若宮古墳群・岩谷古墳・下関市立考古博物館
↓
川北神社(上の山古墳)
↓(表示されてない別の細かい道があります)
みやばし古墳群・仁馬山古墳・上ヶ原古墳・植松古墳
↓
有富古墳群
↓
秋根古墳群という道順です。
有富古墳群以外は看板に沿って歩けばいいはずです。
ただし、このマップ上にはない細かい道もあったのでこのルートとは多少異なります。
また、考古博物館で地図が配布されています。
「ALPSLAB route」の計測によると6.3kmと出ました。
片道1時間程度になりますが、ぜひ歩いて距離感を感じて欲しいです。
ちなみに、ケータイバージョンはこちらです。
また、周辺の観音岬古墳と宮山古墳についても一緒に含めて時代順に書いていこうと思います。
この地図には梶栗浜遺跡→若宮古墳、仁馬山古墳周辺の細かい道が書かれています。
ほとんどは車1台分の幅をうねうね行くので徒歩がお勧めです。
もし車で行くなら南の田んぼ沿いの道でピンポイントで歩いていく方法かな。
1.弥生前期のまだ墳丘のないお墓
↑梶栗浜遺跡の位置です。
箱式石棺墓(箱のように板状の石を組んだ棺の墓)から多紐細文鏡と細形銅剣が出土しました。
従来は外来の青銅器との比較から、紀元前200年頃とされてました。
近年の科学的なC(炭素)14年代測定法によると紀元前400年頃という説も出てきました。
国指定史跡。
地図上ではもっと北に文字が打たれてるんですが。
実際には、写真のように線路沿いにあるんですよねぇ(^^;)
2.1〜4世紀(?)の墳丘墓
10mの方形の墳丘墓です。
5つの石棺が所狭しを詰め込まれています。
この頃以後になると、墓を埋める部分以外の墳丘部分が大きくなります。
これは以前も紹介しました。
3.発掘調査された5世紀初頭の前方後円墳
↑仁馬山古墳の位置です。
5世紀前葉。
74mの前方後円墳。
国指定史跡。
この前、現地説明会があったので参加しました。
おおよその内容は、西日本新聞の記事からどうぞ。
周辺の上ヶ原古墳下から出たほぼ同時期の有蓋土坑墓(石の蓋をのせた墓)や竪穴式石室は見応えがありました。
墓を埋める粘土の残りが良かったです。
調査中でもあるので、ここでの写真の掲載は控えておきます。
4.やや小振りの5世紀前半の前方後円墳
5世紀前半。
43mの前方後円墳。
箱式石棺から人骨や玉類と武具が出土しました。
これは以前も紹介しました。
5.半分壊れた未知の古墳
↑観音岬古墳の位置です。
観音岬古墳(livedoor地図)です。5世紀前半。
70mの前方後円墳だったらしいのですが、
前方部分は壊されてしまいました。
出土遺物は円筒埴輪数点。
海に突き出したような立地から、海上交通に関わった首長墓に想定されます。
後円部に登ってみましたが、山なだけでした(^^;)
6.6世紀前半の幻の最大級古墳
↑上の山古墳があった川北神社の位置です。
明治時代に神社をつくるために壊されようです。
現地の看板には6世紀前半の全長約108mの前方後円墳と書かれていました。
横穴式石室で玉類や武具類が出たそうで、今では東京国立博物館にあるようです。
残念ながら、ほぼ跡形もないような状態(>_<)
しかしながら、副葬品は豪華だし立派な古墳だったんだろうなぁ。
7.6世紀中頃の小さくなっていく古墳
↑秋根古墳群のある公園の位置です。
6世紀中頃。
秋根八幡宮の本殿の裏にある横穴式石室をもつ10〜15mの円墳。
市指定史跡。
この頃以降になると、むしろ円墳が主流になっていきます。
石室内を冊の間から撮ってみました。
奥の壁にはベンガラが着いてるらしいです。
ベンガラはあまり分からないけど、意外とよく写ってるv(^o^)
石室のみが残っていたのを1号墳の近くに移築したようです。
しかし、遺物は玉類や武具などやたら多い(°O°;)
ちゃんと残っている1号墳に多いなら分かるけどなぁ。
8.神社に守られる6世紀後半の前方後円墳
↑宮山古墳のある生野神社の位置です。
6世紀後半。
生野神社の境内に残る33mの前方後円墳。。
出土した勾玉は行方不明。
市指定史跡。
ここも神社の境内という事で柵があり中には入りませんでした。
この頃になると、だんだんと規模も小さくなりますね。
9.6世紀後半の横穴式石室に入れる古墳
6世紀後半。
考古博物館横に移築された14mの円墳です。
ここは入れる横穴式石室です。
玉類や武具が出土しました。
これは以前も紹介しました。
10.6世紀末の埋没する古墳
↑有富古墳群の位置です。
有富古墳群(livedoor地図)の位置です。パチンコ屋の裏にあるはずなのですが。
詳しい場所が分からず、さまよって諦めて帰ろうとしたとき・・・
プレハブ小屋の横の木々の間から看板を発見キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
6世紀末。
12mの円墳。
横穴式石室をもつ。
市指定史跡。
さすがにこの狭さでは掘らない限り入れませんね。
もちろん、勝手に掘ってはいけません!
フラッシュたいてないので真っ暗ですね(^^;)
11.進む史跡の道の整備
今回史跡の道を歩いてみました。
史跡といっても見栄えのするものは全部古墳なんですけどね。
木々で墳丘の全景が見えにくかったり、
横穴式石室の中に入れなかったりするのはちょっと残念(T.T)
どうやら仁馬山古墳を史跡整備するらしいので、ここはもっと見えやすくなりそう。
他の石室なども気軽に見れるようにして欲しいのですけどね。
しかし、きれいに芝生に覆われちゃうよりも、
今のような状態もそれはそれで趣きを感じたりするんですよねぇ(^^;)
整備にあたっては、史跡群を関連づけられるようなものが欲しいですね。
スタンプラリー、比較させるワークシート、あるいはipodのような音声案内、QRコードの活用など。
以下は関連するリンクです。
・『古墳のお部屋』の「下関市」
全国の古墳を写真で紹介されています。
石室内の写真もあります。
・『遺跡ウォーカー』
携帯からもGPSで検索できる遺跡地図サイト。
非公式ですが、奈良文化財研究所のデータなので正確でしょう。
コメントや写真などもアップできるらしいです。
かなりスゴい(°O°;)
環境によってはパソコンより携帯の方がさくさく動くかも。
なお、古墳の情報については『山口県史 資料編 考古1』(2000年発行)を参考にしました。



