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2007年12月21日

山陽小野田市(旧小野田市)の旧本山炭鉱斜坑坑口


↑旧本山炭鉱斜坑坑口の位置です。
本山岬方面の奥にも児童公園がありますが、手前の方の公園にあります。
ちなみ、「大須恵」とあるように周辺は古墳時代の須恵器の窯跡の宝庫です。

1.ラッパが埋まっているわけじゃありません!
本山炭鉱冊の外本山地区の石炭は、江戸時代の嘉永年間(1848〜1853)には見つかっていて干潮時に沖まで行って採取されていたようです。

明治から色々な組織によって休山や、多くの犠牲者を出した事故を経ながら操業されました。

この坑口は1941(昭和16)年に宇部礦業(株)によって完成され、1963(昭和38)年に閉口されました。

うーん、フェンスが邪魔なんだよなぁ。


本山炭鉱冊の中フェンスの中で、なんとか撮ったものです。

このラッパのようなカーブは何か意味があるんですかねぇ?

鉄筋コンクリートづくりの坑道は沖合約3km、最深部約200m、総延長約19kmに及ぶそうです。
ス、スゴい。


本山炭鉱の後ろ姿後ろから見た様子です。

側面は石垣でできています。

周辺はすっかり一般の住宅地になっています。


2.♪せーんろは止まるよー、もーとやーまーでー
長門本山駅長門本山駅です。

石炭輸送のために敷かれた鉄道の終点です。

一時はさらに延びていたらしいです。

今では日に数本の通学、通勤に使われています。


本山炭鉱は小野田地域では最大級の炭鉱でした。
また、事故などでたくさんの犠牲者も出されたようです。
石炭は今では石油にとってかわられ、今では日本はエネルギー消費国になっています。
しかし、ついこの間まで厳しい労働環境の中で、
日本のエネルギー生産のために犠牲を払った人々がいた事を忘れる事はできません。

炭鉱関係の道具や史料は歴史民俗資料館で見る事ができました。


以下は関連するリンクです。
『山陽小野田市』の「旧本山炭鉱斜坑坑口」
  山陽小野田市の公式ページです。

『日本の鉱山』の「本山炭鉱斜坑坑口」
   全国各地の鉱山をめぐっている方の記事です。
   写真や解説があります。

『響とバイクと山遊び』の「廃墟&近代化遺産(宇部の海底炭鉱)」
   九州を中心に廃墟と近代化遺産をツーリングされている方の記事です。
   宇部市の石炭記念館や長生炭鉱についても書かれています。

『ALL-A』の「宇部炭鉱の遺構」
   団地・炭鉱・近代化遺産・建築・まちなみなどについて書かれている方の記事です。
   周辺にあった別の近代化遺産について書かれています。

『鉄道が織り成す情景』の「長門本山(JR西日本・小野田支線)」
   長門本山駅について書かれています。