2007年12月12日
下関市のみもすそ川公園の長州砲を見てきました!
↑みもすそ川公園の位置です。
公園は海側にあるのですが、駐車場は山側の関門道入り口を使うと良さそうです。
みもすそ川公園は壇ノ浦古戦場址、長州砲、馬関開港百年記念碑などがあります。
中世から幕末、そして現代の関門橋や関門トンネルが交差する場ですね。
1.あの「みもすそ川」と壇ノ浦
といっても川は見えません。
実はこの道路の下を川が流れているのだそうです。
みもすそ川は源平合戦の際に平家に「今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは」とうたわれる、その「みもすそ川」という事らしいです。
義経は大河ドラマでタッキーがやっていたわけですが。
この前の中世人骨の話によると、とてもあんな美男子であるはずがないんですよね(笑)
大河ドラマの出演者の手形なんかもあります。
後ろには関門橋が見えますね。
2.写真もお触りもOKな長州砲
長州藩は英仏蘭米に砲撃するわけですが、負けて長州の大砲は外国に持ち帰られたそうです。
その後、多くが行方不明となりますが、フランスで発見され安倍晋太郎氏が外務大臣のときに里帰りしました。
そして、本物は長府博物館に展示され、レプリカがこの砲台跡地におかれました。
これなら写真も撮れますし、ベタベタ触れますね。
立派な龍の文様があります。勝利を願う意味があったのでしょうか。
長府博物館の本物にもちゃんとあるのかな。
実用的な軍器なのに装飾が立派。
外国が持って帰ったのはこういう珍しさもあったのかな?
夕暮れだったものでフラッシュをたいた方がマシだったのですが。
それでも見にくい写真でごめんなさい。
天保製長州砲の銘です。「荻野流一貫目青銅砲,天保十五年製,郡司喜平治信安鋳造」の銘があります。
萩市の郡司鋳造所遺構ひろばの記事で少し触れましたように郡司家は幕末以前から長州藩のお抱えの砲術師・鋳造師でした。
年表にすると以下のようです。
1844(天保15)年 天保製長州砲製造
1853(嘉永6)年 郡司鋳造所開設
1864(元治元)年 四国連合艦隊下関砲撃事件
人の大きさと比べて分かりますかねぇ。
土台の部分とかのネジがそのまま大きくなったような作りで、何か可愛らしい。
小さくなった自分がおもちゃの大砲の前に立ったかのようです。
ただし、自分が気づいたときにはもう17:00過ぎ。
残念。
3.馬関港はいつ開港したの?
デジカメに撮ったのは良かったとけど拡大しても読めません!
うーん、これはちょっと調べないとよく分かりませんね。
しかし、この時間帯ではかなり浅い感じだったんだけどなぁ。
満潮になれば大きな船もとまれるぐらいになるのでしょうか。
以下は関連するリンクです。
・みもすそ川公園
下関市の公式ページです。
手形の写真などもあります。
・『Kahan Plus』の「いざ、壇ノ浦 その十四「みもすそ川公園」」
源平合戦の事や紙芝居の事が書かれています。
・『Godzilla.T&Nさんの旅行ブログ』の「ひとり旅 <みもすそ川公園②>壇ノ浦古戦場址」
写真が多数のせられています。
長州砲編もありますよ。
・『やまぐちバス旅ブログ』の「「みもすそ川公園でド~ン!」の巻」
大砲撃ってみた方の記事です。
写真やレプリカのお値段もあります。
・『ウィキペディア』の「四国連合艦隊下関砲撃事件」
当時の絵図や写真、フランスの長州砲の写真などもあります。











