2011年04月29日
(〜5/8)「そうせい」上司がついに決心した!!@山口市歴民
さてさて、今回はけっこうマニアックなものです。山口市歴史民俗資料館の企画展「殿様の小姓が見た明治維新−長州藩士河北一とその周辺−」です。河北一と聞いて、あぁ、あの人ねって分かる人ってどれだけいるかな?僕もはじめて知りました。
以下はこんな感じです。
1.河北一(はじめ)、じつはなかなかキーパーソンでした
2.長州藩の「やったるぞ!」宣言は「鏡開き」からだった
3.「そうせい」上司は部下からどう見られているか?
1.河北一(はじめ)、じつはなかなかキーパーソンでした
河北一の略歴はこちらに書かれてますね。母親フキは村田清風の姪、妻の伊登は前原一誠の妹らしいです。そして、毛利敬親の小姓(秘書みたいなもの?)を務めました。あと、有名どころでは木戸孝允とともに薩摩に遣わされたようですね。ふむふむ、何となく分かってきました。
河北一の略歴
1833(天保4)年 萩城下に生まれる。
1854(安政元)年 日米和親条約結ばれる。
1862(文久2)年 御小姓となる。
1863(文久3)年 長州藩が下関で外国船を砲撃し、攘夷決行。七卿落ち。
1864(文久4)年 御具足祝式(おぐそくいわいしき)が行われる。
1864(元治元)年 禁門の変で、長州敗退。第一次長州征伐。四国連合艦隊下関砲撃事件。高杉晋作が功山寺で挙兵。
1866(慶應2)年 木戸孝允とともに薩摩に遣わされる。
1866(慶應2)年 薩長同盟。第二次長州征伐(四境戦争)で長州藩勝利。
1867(慶應3)年 大政奉還。
1903(明治36)年 「御具足祝式図」が完成し、三田尻毛利家に献上。
1907(明治40)年 75才で亡くなる。
ちなみに、一の長男、河北勘七は小野田セメント株式会社(現在の太平洋セメント株式会社)の社長、株式会社百十銀行(現在の山口銀行)の監査役となった人。ほほぉ、こんな感じでつながってくるんですね。河北一、実はなかなかキーパーソンではないですか。
【山口市歴史民俗資料館入口。】
2.長州藩の「やったるぞ!」宣言は「鏡開き」からだった
今回の展示では特に、河北一が作って毛利家に献上した「御具足祝式図」がメインぽかったです。
御具足祝式というのはそもそも、お武家さんが正月に武具の鏡開きをしたようなもの。ただし、江戸時代には平和な時代が長く続いて自然と消滅したようです。1864(文久4)年に毛利敬親がそれを復活させ、河北一も準備し参列しました。そして、1903(明治36)年になって、河北一がその様子を「御具足祝式図」として記録に残し毛利家に献上したそうです。
なぜ、河北一が40年も前の儀式のことをわざわざ記録に残したのか?その理由が伺える新聞記事があります。
明治36年の防長新聞の記事のなかに「御具足祝式図」の事が載りました。会場でもらう資料にその現代語訳がのせてあります。それによると、御具足祝式で毛利敬親は「勤王の為には防長二州は仮令(たとえ)焦土となるとも何かあらん、況(いわ)んや身命をや、汝(なんじ)ら宜しく此の意を体し、予を助けて功を奏さしめよ」と言ったそうです。
このあと、長州藩は禁門の変、第一次長州征伐、四国連合艦隊、第二次長州征伐、薩長同盟などなどを経て、御具足祝式から3年後には大政奉還へと時代が動くんですよねぇ。そう考えると、あの御具足祝式ってのは長州藩が「これからやったるぞ!」という決行式だったのかも。だから、河北一も明治になって感慨深く当時を思い起こして改めて記録に残したのかもね。
【会場でもらえる資料。なかに防長新聞の記事の現代語訳があります。】
3.「そうせい」上司は部下からどう見られているか?
河北一の毛利敬親の小姓でした。小姓というのは秘書のような役目らしいです。毛利敬親と言えば、家臣の意見をそのまま通した「そうせい侯」として有名ですよね。どっちかと言えば、自分がなくマイナス評価されちゃいそうなキャラクター。そのおかげで、志士達が活躍できたんだとも言われますけど。
河北一は殿様の人となりについて、奇行がなかったとか、贅沢をしなかったとか、仁心にあふれていたとか語っていたようですが、馬乗りの家の者が落馬したというので、その家を取り潰したという厳しい一面のあったことも紹介されています。河北一からすれば、ちゃんとした?決断のできる主君だったみたいです。
上に書いた御具足祝式の一件にしてもそうですね。「そうせい」上司も実はちゃんとキメるべきときには決めていたみたいですね。そういう面がしっかりあるからこそ、その人の「そうせい」に部下たちは安心して活躍できたのでしょうね。
展示については、もう少しストーリー性があったら面白いのにと思いました。河北家文書をとりあえず、紹介してみましたっていう感じでそっけなかったかな。それから、文書にはやっぱり活字化したものが横に欲しいですね。素人にはさっぱり分かりません。今回のなんか、ほとんどの資料はそんなに長くもないから全文つけてもいいくらい。
しかし、ほとんど名も知られていない人物から見た、明治維新っていうのは面白い視点ですね。そこらへんでまた企画展やって欲しいなぁ。ちなみに、5月3日(祝・火)には13時30分からギャラリートークがあるようです。
【毛利家家紋がはいった鬼瓦。】
続きを読む











